最高の離婚
光生(みつお)さんへ
光生さんだって、今自分でそう書いてて、びっくりしました。あなたのことを名前で呼ぶのは、ちょっと記憶にないぐらい、久しぶりな気がして、何(なん)か緊張します。とりあえずご報告です。私家を出ました。部屋を見てびっくりしましたか?口開いてませんか?今説明しますので、ひとまず、それを閉めてください。
あのね、光生さん、やっぱりこのまま、一緒に住んでいるのは、変だと思います。私たちは離婚して結構たつ(経つ)し、何かと支障があると思うのです。どんな支障かはうまく説明できないのですが、最近どうも、またあなたのことを見ると、変にざわざわするのです。私なりにその「ざわざわ」を打ち消すとか、あるいわ元に戻す努力を検討してみたいのですが、どちらもうまくいきませんでした。
私、あなたのことを変だとか言いましたが、どうやら誰より変なのは、私なのかもしれません。いろんなことの調整がうまくできないのです。好きな人とは生活上気が合わない。気が合う人は好きになれない。私、あなたの言うことやすることには、何(なに)一つも同意できないけど、でも好きなんですね。愛情と生活はいつもぶつかって、何というか、それは私が生きる上で抱える、とても厄介(やっかい)な病(やまい)なのです。
前に映画を見に行きましたよね、ほら、私10分遅刻した時、横断歩道(おうだんほどう)を渡ったら、待ち合わせのところにあなたが立っていました。寒そうにして、ポケットに手を入れてました。この人は今私を待ってるんだ。そう思うと、何故か(なぜか)嬉しくなって、いつまでも見ていたくなりました。それは映画を見るより、ずっとすてきな光景だったのです。