Lemon:懐かしい声と匂い、愛おしい光と温度。
夢を見ていたんだ。私はベッドから身を起こす。
そのたった二秒ほどの間に、さっきまで私を包んでいたあたたかな一体感は消え失せている。跡形もなく、余韻もなく。そのあまりの唐突さに、ほとんどなにを思う間もなく、涙がこぼれる。
朝、目が覚めるとなぜか泣いている。こういうことが私には、時々ある。
幽幽:見ていたはずの夢は、いつも思い出せない。
とても大切なものが、かつて。
この手に。
俺はあきらめてベッドから降り、部屋を出て洗面所に向かう。顔を洗いながら、この水のぬるさと味にかつて驚いたことがあったような気がして、じっと鏡を見る。
Lemon:私は、だれかひとりを、
幽幽:俺は、ひとりだけを、
Lemon&幽幽:探している。
Lemon:立花瀧──瀧くんは、東京に住む同じ歳の高校生で、
幽幽:ど田舎暮らしの宮水三葉との入れ替わりは不定期で、週に二、三度、ふいに訪れる。トリガーは眠ること、原因は不明。
Lemon:入れ替わっていた時の記憶は、目覚めるとすぐに不鮮明になってしまう。まるでめい明せき晰な夢を見ていた直後みたいに。
幽幽:それでも、俺たちは確かに入れ替わっている。なによりも周囲の反応がそれを証明している。
Lemon:私の心の隅っこが、あり得っこない結論のしつ尻ぽ尾をつかむ。
幽幽:俺の頭の片隅が、あり得ないはずの結論の尾をつかむ。
Lemon:「これって……これってもしかして」
幽幽:「これって、もしかして本当に……」
俺は夢の中でこの女と──
Lemon:私は夢の中であの男の子と──
Lemon&幽幽:入れ替わってる!?
幽幽:なぜか、もう二度と、俺と三葉との入れ替わりは起きなかった。電話は通じずメールは届かず、だから俺は三葉に会いに行くことにした。
小蝶:「土地のうじ氏がみ神さまのことをな、古い言葉でむすび産霊って呼ぶんやさ。」
「糸をつな繫げることもムスビ、人を繫げることもムスビ、時間が流れることもムスビ、ぜんぶ、同じ言葉を使う。それは神さまの呼び名であり、神さまの力や。」
「よりあつまって形を作り、ねじ捻れて絡まって、時には戻って、途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それが、ムスビ」
幽幽:「……言おうと思ったんだ」
「お前が世界のどこにいても、俺が必ず、もう一度あ逢いに行くって」
「──君の名前は、三葉」「……大丈夫、覚えてる!」
「三葉、三葉……。三葉、みつは、みつは。名前はみつは!」
Lemon:瀧くん、瀧くん、瀧くん。
──大丈夫、覚えてる。ぜったいに忘れない。
君の名前は、瀧くん!
幽幽:「……お前は、誰だ?」
「……俺は、どうしてここに来た?」
幽幽:消えていく。君の名前が。君の記憶が。
「あいつに……あいつに逢うために来た! 助けるために来た! 生きていて欲しかった!」
「大事な人、忘れちゃだめな人、忘れたくなかった人!」
「誰だ、誰だ、誰だ……」
「君の、名前は?」
Lemon:消えていく。あんなにも大切だったものが、消えていく。
──誰、誰。あの人は誰?
──大事な人。忘れちゃだめな人。忘れたくなかった人。
──誰、誰。きみは誰?
──君の、名前は?
小蝶:「知っとるか。水でも、米でも、酒でも、なにかを体に入れる行いもまた、ムスビと言う。体に入ったもんは、魂とムスビつくで。口か嚙み酒やさ、それは神さまと人間を繫ぐための大切なしきたりなんやさ。これは君の半分やさ。」
Lemon:──君の、名前は、滝くん。
Lemon:確かなことが一つだけある。私たちは会えば絶対すぐに分かる
そういう気持ちに取り付かれたのは、
たぶん、あの日から
幽幽:あの日、星が降った日、
それはまるで
Lemon:まるで、夢の景色のように、ただひたすらに
Lemon&美しい眺めだった。