親子の日賞
「私のガソリンスタンド」
中島 さや香 長崎県 30歳
「離婚して仕事も辞めて、実家に帰ろうと思う」東京の高層ビルに囲まれたテラスで、コンビニ弁当を広げながら電話でそう告げた。
母は「ちょっと待って、お父さんに代わるから」と言い、電話を受け取った父は「もう一度よく考えなさい」と言った。
もう一度よく考えた結果、私は離婚し、高校生以来の田舎での実家暮らしを始めた。
実質十年間東京で生活していたので、家族との暮らしは最初はぎこちないものだった。風呂の時間を融通することや、帰りが遅くなる時には一言伝えることなど、些細なやり取りが面倒だった。
しかし数か月も経つとそんな生活にも慣れ、「お皿洗うよ」とか「車出すけど買い物行かない?」といった私なりの親への気遣いもできるようになった。
ある日の夕食後、母と二人で恒例のガールズトークを繰り広げていたとき、私は彼氏ができたことを打ち明けた。地元は同じだが、仕事の都合でしばらく東京で暮らすことが決まっている人だ。彼と一緒に暮らすためには私が上京しなくてはならない。しかし、実家暮らしで改めて親のありがたみを感じた私にとって、娘の私がずっと両親のそばにいることが一番の親孝行であるとも思っていた。
そんな気持ちを正直に伝えたところ、母は一言、
「ここはガソリンスタンドだよ」
と言った。
「どこであろうとあなたが幸せで暮らしているならそれでいい。東京に行って、また疲れたときには帰ってくればいい。この気持ちはお父さんも一緒よ」
私は少し照れくさい気持ちで、小さく「ありがとう」と呟いた。
短かった実家暮らしは最高の充電期間となり、私は今、再び東京に行く準備をしている。自分のためだけではなく、誰かのために生きるということを、もう一度私なりにやってみたい――…。父と母というガソリンスタンドを経て、ようやく沸いてきた未来への明るい希望。補給してもらったこの温かい気持ちを、今度は彼の元へ届けよう。