第27回「香・大賞」
銅賞
『 背中 』
佐々木 藍 26歳 会社員 愛知県
ベッドの上で横に眠る夫の指先を起こさないようにそっと握ると、昔のことを思い出した。
「ここは私の家なんだから嫌ならいつでも出ていけばいい」
祖母の口癖。本気じゃないかも。けど残酷。
親が離婚して、母は出ていったから昔堅気の厳しい祖母と家ではいつも2人だった。父は仕事が忙しくて、私は万年愛情不足。私は足りない愛をいつもどこか他の場所に求めていて、それを満たしてくれたのは当時付き合っていた夫だった。
ある時私は我慢しきれなくなって、真夜中に家を飛び出したことがあった。真冬の凍てつく寒さの中、行くところもなくて、それでも意地で家には帰りたくなくて。
「家出しちゃった。好き?」
もうどうしようもなくなって、人恋しくなって最後に行き着いたのがこのメール。笑っちゃう。自分ながら何が言いたいんだか。
彼は飛んできてくれた。気持ち悪いほど暗い夜中に痛いほどキツイ寒さの中、救いきれないほどバカな私のために。
キィキィとゆっくり自転車の重いペダルを漕ぐ彼の後ろで、私はしっかり彼の背中にしがみ付いていた。結局家に戻ることになったのだ。
反省したから?
彼に諭されたから?
自分の運命に屈したから?
違う。きっと欲しかったものが、手に入ったから。
彼の背中はあったかくて、汗の匂いがした。ハァハァと彼のはく息が真っ白な煙になって空に立ち上っていた。それをずっと上に辿ると、闇の中に今にも零れおちそうな星屑が広がっているのが見えた。
「一生この人についていこう」
私は心の中で誓った。彼も私も16歳、高校1年生の冬の、忘れられない出来事。