一期一会
歌手:熊木杏里
作词:熊木杏里
作曲:熊木杏里
明日がそこまで来ているから
明天很快就要到来
惯れないけど握手をしよう
虽然不习惯但还是握手吧
今までのことは全て水に流して
以前的一切全部付之流水
箱船は心の海の上
方舟在心海之上
风に帆をはらませて进む
扬帆前进
积み荷からこぼれてくる 思い出乗せて
乘着远离往事的记忆
のどかな歌声は 土の下で伸びて
悠扬的歌声延伸到地下
いつの日も変わらない 情热に続いてく
洋溢着永远都不会改变的热情
今 离れてゆく 今日の友のために
现在 为了今天远离的朋友们
呼び覚えますものから 呼びかける方へと
梦のほとりから かけ出してゆく
从梦畔呼唤出记忆中的人
人はいつもとどまらないもの
人是永不止步的
出会いと别れの狭间から
连上从相遇和离别的狭缝中
纺ぐ出す糸と糸を つなぎ合わせて
织出的线
先ゆくあこがれの 背中は远すぎて
流逝的憧憬的背影太遥远了
いつの日も変わらない 情热は続いてく
永不改变的热情还在持续
今 答えはない 明日の友のために
现在,为了明天未知的朋友
语りつくせばまた 呼び覚ますものがある
时はいつまでも 青春のまま
时光永远青春永驻
今 夜が溶けて 长い帐りをあけ
今夜溶化 打开长长的
终わりゆくものから 生まれゆくものへと
从结束的到开始的
今 离れてゆく 今日の友のために
现在 为了今天远离的朋友们
呼び覚えますものから 呼びかける方へと
梦のほとりから かけ出してゆく
从梦畔呼唤出记忆中的人
一期一会「いちごいちえ」
日本茶道用语。是利休集珠光(村田)流、绍鸥(武野)流之义理提出的重要茶之道(不是茶道),后经七哲、三千家和千宗室(里千家)、速水宗达等人传修,进一步发扬。“一期一会”四个字首次被提出是在千利休的弟子山上宗二的《山上宗二记》中。一般认为,此理在《山上宗二记》记里表述的较清楚,但不拘于此,其他如《细川三斋茶书》(细川忠兴)亦有说明。后,因为富于禅理,成为日本佛道、茶道的重要思想、概念。
一期一会,字面上的意思已经非常明白。融会到茶道的仪式里,就是通过一系列的茶道活动,包括水、饭、谈、茶四大步,最后完成时使亭主和主客、从客静心清志,由内到外自然涌现出一种“一期一会、难得一面、世当珍惜”之感,苍凉而略带寂寥。进而思考人生的离合、相聚的欢娱,使参与者的精神境界接受一次洗礼,达到更高的状态——冥想中的涅槃。这,是一期一会的道理,也是茶中的道理。
“一期”表示人的一生;“一会”则意味仅有一次的相会。百多年前大将井伊直弼诠解道,“茶会也可为‘一期一会’之缘也。即便主客多次相会也罢。但也许再无相会之时,为此作为主人应尽心招待客人而不可有半点马虎,而作为客人也要理会主人之心意,并应将主人的一片心意铭记于心中,因此主客皆应以诚相待。此乃为‘一期一会’也。”“一期一会”充分体现了佛教中的“无常”思想,人生及其每个瞬间都不能重复。 “一期一会”提醒人们要珍惜每个瞬间的机缘,并为人生中可能仅有的一次相会,付出全部的心力;若因漫不经心轻忽了眼前所有,那会是比擦身而过更为深刻的遗憾。
今まで 荔枝FMのお陰で 皆さんによく出会いました。それに、みんな様から応援してくれて、いろいろなお世話になっております、わたし 心からありがとうございま~す。これからもっと頑張ります。よろしくね~
taxi 2015.06.12