侏儒の祈り
私はこのさいいを纏(まと)い、この筋斗(きんと)の戯(ぎ)を献(けん)じ、この太平(たいへい)を楽しんでいれば不足(ふそく)のない侏儒(しゅじゅ)でございます。どうか私の願いをおかなえ下さいまし。
どうか一粒(ひとつぶ)の米(こめ)すらない程(ほど)、貧乏にしてくださいますな。
どうか又(まだ)熊掌(ゆうしょう)にさえ飽(あ)きたりる程、富裕(ふゆう)にもしてくださいますな。
どうか採桑(さいくわ)の農婦(のうふ)すら嫌うようにしてくださいますな。
どうか又後宮(こうきゅう)の麗人(れいじん)さえ愛するようにもしてくださいますな。
どうか菽麦(しゅくばく)すら弁ぜぬ程、愚昧(ぐまい)にしてくださいますな。
どうか又云気(うんき)さえ察(さつ)する程、聡明(そうめい)にもしてくださいますな。
とりわけどうか勇ましい英雄(えいゆう)にして下さいますな。私は現(げん)に時とすると、攀(よ)じ難(がた)い峯(みね)の頂(いただ)きをきわめ、超え難い海の浪(なみ)を渡り—— 云(い)わば不可能(ふかのう)を可能にする夢を見ることがございます。そういう夢を見ている時程、空恐しいことはございません。私は竜(りゅう)と闘うように、この夢と闘うのに苦しんで居ります。どうか英雄とならぬように——英雄の志(こころざし)を起(おこ)さぬように力(ちから)のないわたしをお守り下さいまし。
わたしはこの春酒(はるざけ)に酔(よ)い、このきんるの歌を(しょう)し、この好日(こうじつ)を喜んでいれば不足のない侏儒でございます。