《父のこと》(上) 原文
このごろ、自分がつくづく父に似てきたと思う。鏡を見たときなど、父に会ったような気がして、はっとすることがある。
似てきたのは顔だけではない。煙草を吸っているときのふとした仕草や、咳のしかたまで、父にそっくりのような気がする。父もたしか、こんな仕草をしていたと思って驚く。
父に似てくるのは、懐かしいような、やりきれないような、一種、妙な気持である。
自分はやはり父の子であったのか、という確認とともに、所詮父子の絆からは逃げられないとも思う。それは一種の安堵とともに、目に見えぬ紐で縛られたような息苦しさも覚える。
私の父は貧しい炭坑町の出身であった。苦学し高校の教師になったが、商家の娘であった母の家に入って養子になった。
そのせいか、母が商人の娘らしく陽気で社交好きなのに較べ、父は控え目でもの静かな人だった。
母は勝気で、少し我儘なところもあった。ときにヒステリーをおこすこともあったが、そんなときも、父はほとんど黙っていた。
私はそんな父を、少し不甲斐ないと思いながら、そんな寡黙な父が好きでもあった。
子供のころ、母には、父の前に好きな人がいたともきいた。それは多分、叔母が冗談半分にいったのかもしれなかった。大正時代のモダンガールの服装で、ラケットを持っている母の写真などを見ていると、そういうこともあったかと思われた。
そんな母に、軽い反撥を覚えながら、寮や野原で、正面を向いた写真しかない父にも、少し憂鬱になっていた。
父は真面目で、野暮ったすぎた。もう少し気を楽にして、スマートにできないものかとも思った。一時は友達に父を紹介するのもいやだった。
そのくせ、私は、父が母以外の女性に、心を惹かれることはなかったのだろうかと考えたりした。もしそんな人がいたら、自分は応援してやってもいい、と思ったこともある。
だが、父にはそんな様子はなかった。少なくとも、少年の私かたみるかぎり、父と母はときに争いながらも仲が良かった。そしてそんな父が、また少し歯痒くもあった。