《罠の中》(七) 原文
「景気がいいのは、兄さんのところだけよ。いいわね、お金がどんどん入って来て」
ワインを飲んで口が滑らかになったのか、妹の真紀枝が、からむような調子で孝三に言った。
「冗談言うなよ。税金は増えていく一方だし、最近は貸した金がきちんと期日までに返ってくるかどうか、不安でしかたがないといった状態なんだ。借りる時は平身低頭するくせに、返す時にはふてぶてしく開き直りやがる。とにかく始末が悪いよ」
そう言いながらも、孝三は機嫌が良さそうだった。
「お二人は社内恋愛なんですね?」
利彦たちの斜め前にいた二郎の息子の敦司が話しかけてきた。締まった顔つきのスポーツマンタイプである。現在国立大学の三年だった。
利彦たちが首肯すると、彼は感心したような顔をした。
「これだけきれいな人が、利彦さんと合うまでひとりだったってのが信じられないな」
「おい、それはいったいどういう意味だよ」
利彦は笑みを浮かべながら敦司を睨んだ。
「彼女は君と違って、大学時代は勉強していたんだ。遊んでいる余裕なんかなかったってことだよ」
「なんだ、ひどい言われようだな。最近の大学生でも少しは勉強しているんだぜ」
「当たり前だよ。来年は就職だろう?そろそろ真剣に考えないと、これからは大学卒でも厳しいっていうからな」
「まあね、だから大学院に行こうかとも思っているんだ」
「ほう」
それはすごい、と言いかけたところで、利彦の横でガシャンという音がした。信夫の息子の行雄がナイフを乱暴に投げ捨てた音だった。
「兄さん、どうしたのよ」
行雄の隣りに座っている哲子が眉を寄せて言った。
「気に入らないな」