「今奥さんが急にいなくなったとしたら、先生は現在の通りで生きていられるでしょうか。」
「そりゃ分からないわ、あなた。そんなこと、先生に聞いてみるより他に仕方がないじゃありませんか。私の所へ持ってくる問題じゃないわ。」
「奥さん、私は真面目ですよ。だから逃げちゃいけません。正直に答えなくっちゃ」
「正直よ。正直に言って私には分からないのよ。」
「じゃ奥さんは先生をどのぐらい愛していらっしゃるんですか。これは先生に聞くよりむしろ奥さんに伺っていい質問ですから、あなたに伺います。」
「何もそんなことを開き直って聞かなくってもいいじゃありませんか。」
「真面目くさって聞くがものはない。分かり切ってるとおっしゃるんですか。」
「まあそうよ。」
「そのくらい先生に忠実なあなたが急にいなくなったら、先生はどうなるんでしょう。世の中にどっちを向いても面白そうでない先生は、あなたが急にいなくなったら後でどうなるでしょう。先生から見てじゃない。あなたから見てですよ。あなたから見て、先生は幸福になるでしょうか、不幸になるでしょうか。」
「そりゃ私から見れば分かっています。先生は私を離れれば不幸になるだけです。あるいは生きていられないかもしれませんよ。そういうと、自惚れになるようですか、私は今先生を人間としてできるだけ幸福にしているんだと信じていますわ。どんな人間があっても私ほど先生を幸福にできるものはないとまで思い込んでいますわ。それだからこうして落ち着いていられるんです。」