ノルウェーの森36

ノルウェーの森36

2019-03-21    08'10''

主播: 丹青猫

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介绍:
彼女は四ツ谷の駅からしばらく歩いたところにある彼女の高校の前に僕をつれていった。 四ツ谷の駅の前を通りすぎるとき僕はふと直子と、その果てしない歩行のことを思い出した。 そういえばすべてはこの場所から始まったのだ。もしあの五月の日曜日に中央線の電車の中でた またま直子に会わなかったら僕の人生も今とずいぶん違ったものになっていただろうな、と僕は ふと思った。そしてそのすぐあとで、いやもしあのとき出会わなかったとしても結局は同じよう なことになっていたかもしれないと思い直した。たぶん我々はあのとき会うべくして会ったのだ し、もしあのとき会っていなかったとしても、我々はべつのどこかで会っていただろう。とくに 根拠があるわけではないのだが、僕はそんな気がした。 僕と小林緑は二人で公園のペンチに座って、彼女の通っていた高校の建物を眺めた。校舎には 蔦がからまり、張り出しには何羽か鳩が止まって羽をやすめていた。趣きのある古い建物だった。 庭には大きな樫の木が生えていて、そのわきから白い煙がすうっとまっすぐに立ちのぼっていた。 夏の名残りの光が煙を余計にぼんやりと曇らせていた。 「ワタナベ君、あの煙なんだかわかる?」突然緑が言った。 わからない、と僕は言った。 「あれは生理ナプキン焼いてるのよ」 「へえ」と僕は言った。それ以外になんと言えばいいのかよくわからなかった。 「生理ナプキン、タンポン、その手のもの」と言って緑はにっこりした。「みんなトイレの汚物 入れにそういうの捨てるでしょう、女子校だから。それを用務員のおじさんが集めてまわって焼 却炉で焼くの。それはあの煙なの」 「そう思ってみるとどことなく凄味があるね」と僕は言った。 「うん、私も教室の窓からあの煙を見るたびにそう思ったわよ。凄いなあって。うちの学校は 中学・高校あわせると千人近く女の子がいるでしょう。まあまだ始まってない子もいるから九百 人として、そのうちの五分の一が生理中として、だいたい百八十人よね。で、一日に百八十人ぶ んの生理ナプキンが汚物入れに捨てられるわけよね」 「まあそうだろうね。細かい計算はよくわからないけど」 「かなりの量だわよね。百八十人ぶんだもの。そういうの集めてまわって焼くのってどういう 気分のものなのかしら?」 「さあ、見当りもつかないよ」と僕は言った。どうしてそんなことが僕にわかるというのだ? そして我々はしばらく二人でその白い煙を眺めた。 「本当は私あの学校に行きたくなかったの」と緑は言って小さく首を振った。「私はごく普通の 39 公立の学校に入りたかったの。ごく普通の人が行くごく普通の学校に。そして楽しくのんびりと 青春を過ごしたかったの。でも親の見栄えであそこに入れられちゃったのよ。ほら小学校の時成 績が良いとそういうことあるでしょう?先生がこの子の成績ならあそこ入れますよ、ってね。で、 入れられちゃったわけ。六年通ったけどどうしても好きになれなかったわ。一日も早くここを出 て行きたい、一日も早くここを出て行きたいって、そればかり考えて学校に通ってたの。ねえ、 私って無遅刻・無欠席で表彰までされたのよ。そんなに学校が嫌いだったのに。どうしてだかわ かる?」 「わからない」と僕は言った。 「学校が死ぬほど嫌いだったからよ。だから一度も休まなかったの。負けるものかと思ったの。 一度負けたらおしまいだって思ったの。一度負けたらそのままずるずる行っちゃうじゃないかっ て恐かったのよ。三十九度の熱があるときだって這って学校に行ったわよ。先生がおい小林具合 悪いんじゃないかって言っても、いいえ大丈夫ですって嘘ついて頑張ったのよ。それで無遅刻・ 無欠席の表彰状とフランス語の辞書をもらったの。だからこそ私、大学でドイツ語をとったのよ。 だってあの学校に恩なんか着せられちゃたまらないもの。そんなの冗談じゃないわよ」 「学校のどこが嫌いだったの?」 「あなた学校好きだったの?」 「好きでもとくに嫌いでもないよ。僕はごく普通の公立高校に通ったけどとくに気にはしなか ったな」
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