ノルウェーの森72

ノルウェーの森72

2019-10-30    08'50''

主播: 丹青猫

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介绍:
僕も立ち上がって直子のあとを追った。犬が目をさましてしばらく我々のあとをついてきたが、 そのうちにあきらめてもとの場所に戻っていた。我々は牧場の柵に沿って平坦な道をのんびりと 歩いた。ときどき直子は僕の手を握ったり、腕をくんだりした。 「こんな風にしてるとなんだか昔みたいじゃない?」と直子は言った。 「あれは昔じゃないよ。今年の春だぜ」と僕は笑って言った。「今年の春までそうしてたんだ。 あれが昔だったら十年前は古代史になっちゃうよ」 「古代史みたいなものよ」と直子は言った。「でも昨日ごめんなさい。なんだか神経がたかぶっ ちゃって。せっかくあなたが来てくれたのに、悪かったわ」 「かまわないよ。たぶんいろんな感情をもっともっと外に出し方がいいんだと思うね、君も僕 も。だからもし誰かにそういう感情をぶっつけたいんなら、僕にぶっつければいい。そうすれば もっとお互いを理解できる」 「私を理解して、それでそうなるの?」 「ねえ、君はわかってない」と僕は言った。「どうなるかといった問題ではないんだよ、これは。 世の中には時刻表を調べるのが好きで一日中時刻表読んでいる人がいる。あるいはマッチ棒をつ なぎあわせて長さ一メートルの船を作ろうとする人だっている。だから世の中に君のことを理解 しようとする人間が一人くらいいたっておかしくないだろう?」 「趣味のようなものかしら?」と直子はおかしそうに言った。 「趣味と言えば言えなくもないね。一般的に頭のまともな人はそういうのを好意とか愛情とか いう名前で呼ぶけれど、君は趣味って呼びたいんならそう呼べばいい」 「ねえ、ワタナベ君」と直子が言った。「あなたキズキ君のことも好きだったんでしょう?」 「もちろん」と僕は答えた。 「レイコさんはどう?」 「あの人も大好きだよ。いい人だね」 「ねえ、どうしてあなたそういう人たちばかり好きになるの?」と直子は言った。「私たちみん などこかでねじまがって、よじれて、うまく泳げなくて、どんどん沈んでいく人間なのよ。私も キズキ君もレイコさんも。みんなそうよ。どうしてもっとまともな人を好きにならないの?」 「それは僕にはそう思えないからだよ」僕は少し考えてからそう答えた。「君やキズキやレイコ さんがねじまがってるとはどうしても思えないんだ。ねじまがっていると僕が感じる連中はみん な元気に外で歩きまわってるよ」 「でも私たちねじまがってるのよ。私にはわかるの」と直子は言った。 我々はしばらく無言で歩いた。道は牧場の柵を離れ、小さな湖のようにまわりを林に囲まれた 丸いかたちの草原に出た。 「ときどき夜中に目が覚めて、たまらなく怖くなるの」と直子は僕の腕に体を寄せながら言っ た。「こんな風にねじ曲ったまま二度ともとに戻れないと、このままここで年をとって朽ち果てて いくんじゃないかって。そう思うと、体の芯まで凍りついたようになっちゃうの。ひどいのよ。 辛くて、冷たくて」 僕は直子の肩に手をまわして抱き寄せた。 「まるでキズキ君が暗いところから手をのばして私を求めてるような気がするの。おいナオコ、 俺たち離れられないんだぞって。そう言われると私、本当にどうしようもなくなっちゃうの」 「そういうときはどうするの?」 「ねえ、ワタナベ君、変に思わないでね」 「思わないよ」と僕は言った。 「レイコさんに抱いてもらうの」と直子は言った。「レイコさんを起こして、彼女のベッドにも ぐりこんで、抱きしめてもらうの。そして泣くのよ。彼女は私の体を撫でてくれるの。体の芯が あたたまるまで。こういうのって変?」 「変じゃないよ。レイコさんのかわりに僕が抱きしめてあげたいと思うだけど」 「今、抱いて、ここで」と直子は言った