海の青みの中に黒い影が現れて、にわかに鮮明さを増しながら接近してくる。
海中に漂う私のすぐ前に、ザトウクジラが迫っていた。大きな母クジラの影には、まだ生まれて間もない子クジラがぴったりと体に寄せて泳いでいる。
この母クジラは何日か前に初めて、生まれたばかりの子クジラを連れて泳いでいるのが発見された。そして何日間か、私たちはまだ頼りなげに泳ぐ子供を脅かすことのないように、十分な距離をおいて観察を続けていた。
その日は朝から、子クジラがはしゃぐように母親の体に戯れて、不思議に浮かれた雰囲気が漂っていた。私たちがエンジンを切って波にボートを任せていると、やがて親子はボートに接近する様子を見せた。その時私は、静かに海の中に滑り込んでいた。
いつもなら、水中でダイバーの姿を発見したとたん、巨大な体に似合わない素早さで身をひるがえして、海の深みに消えていくはずだった。体長12〜13メートルのクジラが海中では、二メートルに満たない人間の前に姿見せるのをた躊躇った。