行列が出来始める料理店
「うまい!」
滝のような汗を流しながら、小太りの男は食べ続ける。
店にはまばらな客しかいない。
「うまい、か……?」
他の客が、首を傾げながら料理をつまむ。
まずくて有名な店――。
自分の舌で確認しても、お世辞にも美味しいとは言えない。
「うまい! おかわり!」
だが、小太りの男は、更に注文を続ける。
流行らない料理店の主人も、あまりの注文に追いつかない。
「うまい、かな……」
「あの人が食べてるの、注文してみようよ」
どんなにうまいものなのか、一人の客が、小太りの男と同じものを注文してみた。
やがてやってきた料理に、客たちは顔を見合わせる。
見た目はお世辞にも、美味しそうには見えない。
「た、食べてみよう」
それを口に運んだ。
お世辞にも、美味しいとはいえない。
「うまい! 追加注文!」
小太りの男は、更に注文を重ねる。
一向に食べ終わる気配のない小太りの男を尻目に、客たちは首を傾げて帰っていく。
「うまかった、か……?」
「客寄せじゃないの? サクラ」
「それにしては、うまそうに食べていたぞ」
客たちは、首を傾げる。
「うまかった、か……?」
「そういえば、よく覚えていない」
「もう一度、食べてみようか」
客たちは、首を傾げる。
「うまかった、か……?」
「あの人、見かけない顔だったね」
「グルメ雑誌のお忍び取材かもしれない」
根も葉もない噂だけが、ご近所中を駆け巡る。
「ああ、ごちそうさま」
店の材料がなくなったと同時に、小太りの男がやっとそう言った。
料理店の主人も、ほっと胸を撫で下ろす。
小太りの男は、会計を済ませ、背を向けた。
「食った、食った。三日ぶりの食事だ。何食べてもうまい!」
料理店の主人は、あんぐりと口を開ける。
空腹は最大の調味料――とは、よく言ったものだ。
だが次の日から、店の前には行列が出来始めるようになった。
「うまいのか?」
「まずいよ!」
「うまいんだろう?」
「まずすぎて、笑っちゃうよ!」
「うまくないのか?」
「どうしてあんなにまずくなるの?」
「あのまずさ、癖になる」
違った意味で、店は大反響。
やがて店主の腕も上がり、店の味も美味く落ち着いたとか。