《罠の中》(四) 原文
「ねえ、叔父さんってどういう方なの?」
助手席の百合子が少し心配そうな顔をして訊いた。ハンドルを握っている利彦は、「一言では言いにくいな」と前を見たまま首を捻った。
「まあ、ただものではないね。不動産業を営んでいて、さらに内職に金貸しをしているな人だよ。だから金は持っているけれど、あまり評判のいいほうじゃない」
「なんだかこわそうな人なのね」
百合子が心細そうな声を出したので、利彦は声を出して笑った。
「仕事柄、ある程度人に嫌われるのはしかたないよ。だけど僕にはよくしてくれる。学生時代からずっと食わせてくれてるし、就職だって世話してくれた。まあ金に少々うるさいのは諦めているんだ」
山上孝三の邸宅は、閑静で空気の綺麗な高級住宅街の中に建っていた。駐車場も広く、孝三のベンツの他に車三台を置くスペースがある。その駐車場が満車になったのは、桜が散って何週間か経ったある日の夕方のことである。
浜本利彦と高田百合子の二人が、この日山上家を訪れた最後の客だった。二人が玄関に立つと、お手伝いの玉枝と共に孝三と妻の道代まで迎えに現われた。
「いやあよく来た。皆、気をもんでいたところなんだ。なにしろ主賓が来ないのでは話にならんからな」
孝三は、突き出た太鼓腹を揺すりながら豪快に笑った。
「ごめん、ちょっと急な仕事が入っちゃってね。これでも急いで来たつもりなんだよ」
「こんな時まで仕事しなくてもいいだろう。――それより、こちらが……?」
「高田百合子さんだよ」
利彦が紹介し、百合子もぺこりと頭を下げた。
「そうですか。利彦の叔父の孝三です。まあひとつよろしく頼みますよ。こいつは案外世話のやけるところがありますんでな」
そしてまた彼は大きな声で笑ったが、その横から道代が彼の脇をつついた。
「あなた、こんなところで……」
「おおそうだな。早く上がれ上がれ」
孝三が百合子の背中を押すようにしながら居間の方に向かい、それから少し遅れて利彦が続いた。すると利彦の後ろにいた道代が彼の横に寄って来て、「綺麗な人ね」と囁いた。それで利彦が彼女の顔を見返すと、
「さ、行きましょう」
と言って、足早に先に進んだ。