《罠の中》(六) 原文
食事が始まり、全員の簡単な自己紹介が行われた。
今日の出席者は、山上家の親族全員だった。まず道代の弟の青木信夫と妻の喜久子、信夫たちの子どもの行雄と哲子、孝三の妹夫婦の中山二郎と真紀枝、それから中山たちの息子の敦司だった。それぞれが手短かに自分のことを百合子に紹介した。
酒が入ってしばらくすると、全員がかなり多弁になっていた。いい加減利彦たちの冷やかしにもあきたのか、孝三が信夫たちのほうに矛先を向けた。「どうだい、最近の景気は?」
信夫がほんのわずか、頬の肉を歪めたのを利彦は見逃さなかった。
孝三は続けた。「最近は土地の値上がりが激しいんで、家を建てられる人も多くないと思うがね」
「まったくそうなんですよ」
信夫は愛想笑いを浮かべながら言った。「小さい会社同士で、仕事の取り合いをしている状態でね。どうにかならんもんですかなあ」
「青木さんは設計事務所を開いておられるんだ」
利彦が小声で百合子に教えると、彼女は小さく頷いた。
「薬屋のほうはどうだ?」
次に孝三は中山夫婦の方を見る。二郎は苦笑した。
「だめですよ。会社の株は上がっているんですがね、実態とは全然違うんですよ。景気は悪いですよ、はっきり言って」
中山は製薬会社に勤めているのだった。