【文本】
こころ
心
夏目漱石
「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」
“在精神上没有上进心的人,就是蠢才。”
私は二度同じ言葉を繰り返しました。
我又把同样的话重复了一遍。
そして、その言葉がKの上にどう影響するかを見詰めていました。
然后仔细察看这句话会对K产生什么影响。
「馬鹿だ」とやがてKが答えました。「僕は馬鹿だ」
“蠢才”,他停了一下,又答道:“我就是蠢才。”
Kはぴたりとそこへ立ち留(ど)まったまま動きません。
他忽然停在这里不动了,
彼は地面の上を見詰めています。
低头望着地面。
私は思わずぎょっとしました。
我不由得吃了一惊。
私にはKがその刹那に居直(いなお)り強盗のごとく感ぜられたのです。
我仿佛觉得他一瞬间,由小偷变成了强盗似的蛮横起来。
しかしそれにしては彼の声がいかにも力に乏しいという事に気が付きました。
但是,我终于发现他的声音是多么软弱无力。
私は彼の眼遣(めづか)いを参考にしたかったのですが、彼は最後まで私の顔を見ないのです。
我想再看看他的眼神,他却一直没有看我。
そして、徐々(そろそろ)とまた歩き出しました。
接着,又慢慢地走了起来。
私はKと並んで足を運ばせながら、彼の口を出る次の言葉を腹の中で暗(あん)に待ち受けました。
我同K并肩走着,心里却暗暗地等着他接下去要说的话。
あるいは待ち伏せといった方がまだ適当かも知れません。
也许说‘设下埋伏等着他’更恰当些。
その時の私はたといKを騙(だま)し打ちにしても構わないくらいに思っていたのです。
那时,即使说我在暗算他,也不算过分。
しかし私にも教育相当の良心はありますから、もし誰か私の傍(そば)へ来て、
不过,我也有受过相当教育的良心,倘若这时有人走到我身边,
お前は卑怯(ひきょう)だと一言(ひとこと)私語(ささや)いてくれるものがあったなら、
小声对我说一声:你真卑鄙!
私はその瞬間に、はっと我に立ち帰ったかも知れません。
也许在那一瞬间,我会猛地清醒过来的。
もしKがその人であったなら、私はおそらく彼の前に赤面したでしょう。
如果那人就是K,恐怕我也会在他面前满脸羞红。
ただKは私を窘(たしな)めるには余りに正直でした。余りに単純でした。
因为唯有他对我的责备最正直、最单纯了。
余りに人格が善良だったのです。
他的人格太善良了。
目のくらんだ私は、そこに敬意を払う事を忘れて、かえってそこに付け込んだのです。
花了眼的我,竟忘记了值得尊敬的正在于此。
そこを利用して彼を打ち倒そうとしたのです。
我反而借此机会,利用这一点将他击倒。