今、小山のような黒い塊が、私のすぐ横を動いていた。そして、そのまま遠ざかって行くように思えた。このわずかな遭遇でさえ、わたしにとっては至福の体験であった。しかし、母子は方向を変えて再び接近し、結局は小一時間をわたしのそばにとどまっていたのである。
やがて最後の一かき、尾びれで大きく水をけって、再び青みの中に滑るように消えていく。少し間をおいて、巨大な尾びれが作った水の渦がわたしの体を揺らしていった。
こうしたクジラとのわくわくする邂逅は、様々なところで起こっている。
メキシコ、カリフォニア半島の太平洋岸に散在する小さな入り江は北米大陸の西岸を回遊するコククジラの繁殖の場所になっている。夏の間、極北の豊かな海でたっぷりとえさをとったコククジラが、冬から春にかけて、子供を産むために南の暖かい海にやってくる。
こうした入り江は十数年前に、ホエールウォッチングを楽しむボートに遊びに来るクジラが現れた。そしてこの行動は、まるで文化が伝播するように仲間の間に広まっていった。
わたしたちが入り江を訪れた時にも、しばしばクジラがやって来ては、頭や背中にボートを乗せて持ち上げて遊んだ。彼らは、上に乗った人間が悲鳴とも歓声ともつかない声で叫び、わたしたちが手を伸ばして彼らの肌に触れるのを楽しんでいた。水にぬれたゴムのような肌は、内側から哺乳類特有の温かさをかすかに放っていた。