『 思い想いのティータイム 』
安田 小波(さなみ) 38歳 アルバイト 千葉県
ティーインストラクターの資格を取って以来、日々誰かの為に美味しい紅茶を淹れる。それが私の仕事であり、喜びである。だが時折自分の為にゆっくりとお茶を淹れ、穏やかな時間を過ごしたくなる。そんな時は、決まってダージリンだ。
中学生の頃、斜め前の席の少年は畳屋の息子だった。彼はよく畳作りは格好悪いし古臭いと悪びれ、家業にあまり触れて欲しくない様子だった。ある日、頬杖をついて何気なく前を見ると、彼のシャツの肩口に何かついている。それは何回目を凝らして見てみても、間違いなくイ草だった。私はこれが周りに知れたら彼が傷付く。何故か彼を守らなくてはという思いに駆り立てられた。そして震える指先を必死に押さえ、小さなそれをつまみ上げた。
「やった!」そう思った瞬間彼が急にくるりと振り向いた。私はとっさに
「か、肩のとこ、髪の毛ついてたから……」
と嘘をついた。彼は少し怪訝(けげん)そうな顔をしていたが
「……ありがとう」
そう言って照れたようにニッと笑った。初めてみる笑顔だった。掌でぎゅっと握り締めていた乾いた草は、指を解くと汗と混じり合ってほのかに若く青い香りがした。私はそれから彼の日焼けした細い首筋と白いシャツの襟元ばかりを眺めて過ごした。彼はいつも涼やかな香りをまとっているような気がした。
じっくり蒸らしたダージリンを口の広いカップに注ぐ。キラキラと輝く浅緑色のお茶の香りは、私にあの頃の恋とも言えない恋を思い起こさせる。少年とはその後特に親しくなる事もなく、私はただ彼の後ろ姿を見つめることしかできなかった。
あれから何十年も後に、彼が家業を継いだと聞いた。畳職人となり、一層強く清々しい香りを全身に誇らしくまとっているであろう青年を思うと、少女の頃の私の想いは、淡く儚く紅茶の湯気に溶けていった。