読売新聞社賞「力うどんのチカラ」加藤 パトリシアさん(千葉県・59歳)
34年前、私はチリで大家族に囲まれてにぎやかに楽しく暮らしていました。ある日、日本人の男性にみそめられ、その時、私もその人を素敵だと思いました。1年ほど付き合った後、その男性より熱烈なプロポーズを受けた私は嬉しくて有頂天になり、すぐに「シー(オッケー)」と、こたえてしまったのでした。そのとき私は、家族と別れ、自分の国とも別れることをあまり、そして深く考えていませんでした。チリでの結婚式では、家族も友達も、みんな笑顔、笑顔、笑顔のフェリシダ(しあわせ)。次の日の空港のお別れの時には、みんな涙、涙、涙のアディオス(別れ)。そのあと、飛行機の中で、ようやく事の重大さに気づき「私はいったい何をしているの、時間よ止まって、そして、戻って!」と心の中で叫んでいました。
日本に着いた頃の生活は、それは辛い毎日でした。主人は仕事で忙しくて、友達もいなく、日本語も話せない私は、一人ではとても外出もできませんでした。毎晩チリでの生活を思い出しては涙、涙でした。それでも愛する主人との暖かい家族を作ろうと「もう一日、あと一日だけがんばってみよう」と自分にいい聞かせながら過ごしていました。
そんな時、「力うどん」に出会ったのです。ある日、主人と出かけたとき、うどんの店に入りました。その店の人が汗をかきながら、うどんを一生懸命踏んでいました。私の国では、客が食事を作っている様子を見ることはありません。それが珍しくてずっと見入っていました。お客さんのために一生懸命うどんを踏む店の人を見て感動し、それで私も日本で主人のためにも、もう少し頑張ってみようと思いました。店の入り口にはメニューのサンプルがおかれていて、ひとめで私は力うどんを選びました。見た目にも本当に美味しそうだったからです。
「力うどん」は、みそ味で、外側がきつね色にカリッと焼けてるお餅、半熟卵、きれいなピンク色の渦が巻いてあるなると、ネギ、厚揚げ、鶏肉、にんじん、シイタケ、ほうれん草など、いっぱいの具が入っていました。味も今まで食べた事のない、そして決して忘れる事のないほっとする暖かなものでした。私はこの「力うどん」で料理は目でも味わえるということもわかりました。辛い事を忘れさせ、そして力を与えてくれたこの「力うどん」との出会いに心から感謝し「グラシアス(ありがとう)」とささやきました。
ところで私には四人の娘がおり、最近一人が結婚して家を出て、そしてもう一人も海外で生活をするため家から出て行きました。その娘たちが、34年前の私と同じようにきっと辛い思いをしているに違いありません。私は、その娘たちが、どこかで私にとっての「力うどん」みたいなものに出会ってチカラづけてもらえたらと心から願っています。