覚えのない約束(似乎没有做过的约定)日本散文

覚えのない約束(似乎没有做过的约定)日本散文

2016-11-25    05'34''

主播: 光金大叔

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介绍:
覚えのない約束  渡邊 惠子(56歳 主婦)  あれは忘れもしない、今から三十三年前の出来事だった。友人から突然連絡が入り、急に欠員が出たからと、A銀行の独身行員との合コンに無理矢理駆り出された。  男性五人、女性五人の計十人。  私の前に陣取っていた男性は、外見的には目一杯甘く見積もって、友人たちに罵声を浴びせられるのを覚悟で例えるなら神田正輝似と言えなくもなかった。  全員の簡単な自己紹介が終わり、いよいよ飲み物のオーダーが始まった。  すると目の前の彼が、 「ひょっとして、惠子さんはカシスオレンジですかね?」 っと、愛くるしい笑みを浮かべながら私の顔を窺った。 「えっ、どうしてわかったんですか?」 驚いている私に、彼は笑いながら呟いた。 「いやぁ、惠子さんの雰囲気に合っていたんで。」  それを機に私は彼に親近感を覚え、その後の会話も弾んだ。  コンパが終わった後も二人の間でとりとめのない話が尽きず、彼に最寄りの喫茶店に促された。そして彼は私の顔をじっと見つめながら言った。 「惠子さんは僕と会ったの、今日が初めてじゃないですよ。」 「えっ?」 私は一生懸命に自分の過去の記憶を辿ってみたが、どうしても思い出せなかった。 「いつ、どこで? 何かヒントをください。」 途方に暮れている私に、彼はいたずらっぽく笑った。 「お久しぶり、スーちゃん。僕、シローですよ。」 私は咄嗟にバッグから眼鏡を取り出し、彼の顔をもう一度食い入るように見つめた。そして目の前の神田正輝に、贅肉を少しずつ足していった。 「あっ、ゆかりのお兄ちゃん?」 あまりの変身ぶりに呆然としている私に、彼はVサインを送ってきた。 「スーちゃん、約束通り二十キロ痩せました。」  そう言えば・・・あれは四年前、私がまだ大学生の時だった。親友のゆかりの家に遊びに行ったら、たまたまゆかりのお兄ちゃんもいて、それからゆかりも交えて何度かドライブや食事に行ったりしていた。お兄ちゃんは私のことをキャンディーズのスーちゃんに似ているからと、会う度に私のことを、そう呼んでいた。私はお兄ちゃんのことを、太ってて面白くて、漫才師の太平シローそっくりだったので、いつもシローさんと呼んでいた。そしてある時、お兄ちゃんと二人っきりになったことがあって、その時にお兄ちゃんから付き合ってほしいと言われたような気がする。 「あなたはあの時、カシスオレンジを美味しそうに飲みながら、『二十キロ痩せたらお付き合いします』って、僕と約束しましたよ。」 私には、そんな約束をした覚えがまったくなかった。しかし「絶対にそんな約束はしていない」と断言できる確信も自分にはなかった。そんなことよりその時の私は、「太平シロー マイナス 贅肉二十キロ イコール 神田正輝」という方程式を偶然発見できたことに、一人酔いしれていた。  私の覚えのない約束の真実は曖昧なまま、やがて私は彼と結婚した。  あれから何十年もの歳月が流れ、今でもたまに、あの約束のことを夫に確かめてみることがある。  結婚当初は、「絶対に約束した」と言い切っていた夫だが、十年後には、「約束したと思う」になり、今では、「約束したかもしれない」に変わった。  今日もリビングで大いびきをかきながら、鯨のように成長した太平シローがうたた寝をしている。  あの時、本当に私が夫と付き合う約束をしたのかは、神のみぞ知る。