《打上花火》
演唱:米津玄师
作曲 : 米津玄师
作词 : 米津玄师
罗马音歌词+音译歌词
a no himi watashi ta nagisa wo
阿喏 hi米 哇打西打 那gi撒哦
ima mo omoida su n da
依妈 摸煤 打苏恩打
suna no ue ni kiza n da kotoba
苏那诺诶你 ki砸恩 打口多吧
ki mi no ushiro sugata
ki米喏 西咯 苏噶打
yorikae sunamiga
哟里噶 苏那米噶
ashi moto wo yo gi ri nanika wo sa rau
啊西摸多哦 哟gi里 那你噶哦 撒拉哦
yuu na gi no na ka
有五那 gi喏那噶
higure da ke ga toorisu gi teyuku
hi古勒 打克噶 多里苏gi 爹柚哭
pa tto hika tte sa i ta
爸多 hi噶爹 撒依打
hanabi wo mi te e ta
哈那比我 米贴诶打
ki tto ma da owa ra na i natsu da
ki多 妈打 哦哇啦奶 那组打
aima ina kokoro wo to ka shi te tsu nai da
爱妈依那 口口咯我 头卡西爹 组拿依打
ko no yoru ga tsuzu i te ho shi ka tta
口诺 哟鲁噶 组醉爹 后西噶打
a to nando kimi to onaji ha na bi wo
啊多难 多ki米 多哦那几 哈那比我
mi ra re ru ka na tte
米啦勒鲁 卡那啊爹
wa rau kao ni na ni ga de ki ru da rou ka
哇啦无 噶哦 你那你 噶爹 ki鲁打咯 哦噶
kizu tsu ku ko to yo ro ko bu ko to
ki组组 哭口多 哟咯 口不口多
ku ri ka e su nami to joudou
哭里卡诶苏 那米多 走哦多
shousou sai shuu ressha no oto
秀搜 腮数 勒傻 喏哦多
nan do de mo ko to ba ni shi te ki mi wo yo bu yo
难多爹摸 口多吧你 西爹 ki米我 哟不哟
na mi wo e ra
日文歌词
あの日見渡(ひみわた)した渚(なぎさ)を
今(いま)も思(おも)い出(だ)すんだ
砂(すな)の上(うえ)に刻(きざ)んだ言葉(ことば)
君(きみ)の後(うし)ろ姿(すがた)
寄(よ)り返(かえ)す波(なみ)が
足元(あしもと)をよぎり何(なに)かを攫(さら)う
夕凪(ゆうなぎ)の中(なか)
日暮(ひぐ)れだけが通(とお)り過(す)ぎて行(ゆ)く
パッ(ぱっ)と光(ひか)って咲(さ)いた
花火(はなび)を見(み)ていた
きっとまだ終(お)わらない夏(なつ)が
曖昧(あいまい)な心(こころ)を解(と)かして繋(つな)いだ
この夜(よる)が続(つづ)いて欲(ほ)しかった
「あと何度君(なんどきみ)と同(おな)じ花火(はなび)を
見(み)られるかな」って
笑(わら)う顔(かお)に何(なに)ができるだろうか
傷(きず)つくこと喜(よろこ)ぶこと
繰(く)り返(かえ)す波(なみ)と情動(じょうどう)
焦燥最終列車(しょうそうさいしゅうれっしゃ)の音(おと)
何度(なんど)でも
言葉(ことば)にして君(きみ)を呼(よ)ぶよ
波間(なみま)を選(えら)びもう一度(いちど)
もう二度(にど)と悲(かな)しまずに
済(す)むように
はっと息(いき)を飲(の)めば
消(き)えちゃいそうな光(ひかり)が
きっとまだ胸(むね)に住(す)んでいた
手(て)を伸(の)ばせば触(ふ)れた
あったかい未来(みらい)は
ひそかに二人(ふたり)を見(み)ていた
パッ(ぱっ)と花火(はなび)が
夜(よる)に咲(さ)いた
夜(よる)に咲(さ)いて
静(しず)かに消(き)えた
離(はな)れないで
もう少(すこ)しだけ
もう少(すこ)しだけ
パッ(ぱっ)と光(ひか)って咲(さ)いた
花火(はなび)を見(み)ていた
きっとまだ終(お)わらない夏(なつ)が
曖昧(あいまい)な心(こころ)を解(と)かして繋(つな)いだ
この夜(よる)が続(つづ)いて欲(ほ)しかった
パッ(ぱっ)と花火(はなび)が
夜(よる)に咲(さ)いた
夜(よる)に咲(さ)いて
静(しず)かに消(き)えた
離(はな)れないで
もう少(すこ)しだけ
もう少(shǎo)しだけ