花にも 花のかなしみが だれも知ることができない苦しみが 生きとし生けるもの みんな背負わなければならないものが あるのでしょう
「夏の思い出」の作詞でも知られる詩人、江間章子は、『花の四季』という詩画集を残しています。これはその中の、オミナエシの花に寄せられた詩の一節です。高原を吹き抜ける秋風が、オミナエシの花を揺らす様子を見て、彼女はこんなふうに思ったのですね。
生きていくということは、かなしみや苦しみをも、重ねていくことなのでしょう。彼女の言うとおり、生きとし生けるものみんなが、背負っていくことなのでしょう。
ただ、それがどのようなものなのかは、想像するだけ……。誰にもわかりません。
同じ人間同士でさえ、他人のかなしみや苦しみを、そっくりわかることはできないでしょう。
たとえわからなくてもいいのです。わかろうとすることが大切だと思うのです。その気持ちがうれしくて、人は笑顔をとり戻すことができるもの。その笑顔を見た人も、幸福になれるもの。
花のかなしみや苦しみにまで思いをはせることができる人は、たぶん、たくさんのかなしみや苦しみを感じてきた人ではないでしょうか。でもその人は、不幸な人ではありません。だからこそ、たくさんの幸せに気づくことができるのですから。