ノルウェーの森29第4章が終わり

ノルウェーの森29第4章が終わり

2019-02-24    03'45''

主播: 丹青猫

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介绍:
僕は瓶のふたを開けて螢をとりだし、三センチばかりつきだした給水塔の縁の上に置いた。螢 は自分の置かれた状況がうまくつかめないようだった。螢はボルトのまわりをよろめきながら一 周したり、かさぶたのようにめくれあがったペンキに足をかけたりしていた。しばらく右に進ん でそこが行きどまりであることをたしかめてから、また左に戻った。それから時間をかけてボル トの頭によじのぼり、そこにじっとうずくまった。螢はまるで息絶えてしまったみたいに、その ままぴくりとも動かなかった。 僕は手すりにもたれかかったまま、そんな螢の姿を眺めていた。僕の方も螢の方も長いあいだ 身動きひとつせずにそこにいた。風だけが我々のまわりを吹きすぎて行った。闇の中でけやきの 木がその無数の葉をこすりあわせていた。 僕はいつまでも待ちつづけた。 螢が飛びたったのはずっとあとのことだった。螢は何かを思いついたようにふと羽を拡げ、そ の次の瞬間には手すりを越えて淡い闇の中に浮かんでいた。それはまるで失われた時間をとり戻 そうとするかのように、給水塔のわきで素速く弧を描いた。そしてその光の線が風ににじむのを 見届けるべく少しのあいだそこに留まってから、やがて東に向けて飛び去っていった。 螢が消えてしまったあとでも、その光の軌跡は僕の中に長く留まっていた。目を閉じた分厚い 闇の中を、そのささやかな淡い光は、まるで行き場を失った魂のように、いつまでもいつまでも さまよいつづけていた。 僕はそんな闇の中に何度も手をのばしてみた。指は何にも触れなかった。その小さな光はいつ も僕の指のほんの少し先にあった。