ノルウェーの森32

ノルウェーの森32

2019-03-03    10'43''

主播: 丹青猫

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介绍:
「どうしてそんな濃いサングラスかけてるの?」と僕は訊いてみた。「急に毛が短くなるともの すごく無防備な気がするのよ。まるで裸で人ごみの中に放り出されちゃったみたいでね、全然落 ち着かないの。だからサングラスかけるわけ」 「なるほど」と僕は言った。そしてオムレツの残りを食べた。彼女は僕がそれを食べてしまう のを興味深そうな目でじっと見ていた。 「あっちの席に戻らなくていいの?」と僕は彼女の連れの三人の方を指して言った。 「いいのよ、べつに。料理が来たら戻るから。なんてことないのよ。でもここにいると食事の 邪魔かしら?」 「邪魔も何も、もう食べ終っちゃったよ」と僕は言った。そして彼女が自分のテーブルに戻る 気配がないので食後のコーヒーを注文した。奥さんが皿を下げて、そのかわりに砂糖とクリーム を置いていた。 「ねえ、どうして今日授業で出席取ったとき返事しなかったの?ワタナべってあなたの名前で しょう?ワタナベ・トオルって」 「そうだよ」 「じゃどうして返事しなかったの?」 「今日はあまり返事したくなかったんだ」 彼女はもう一度サングラスを外してテーブルの上に置き、まるで珍しい動物の入っている檻で も覗きこむような目つきで僕をじっと眺めた。「『今日はあまり返事したくなかったんだ』」と彼女 はくりかえした。「ねえ、あなたってなんだかハンフリー・ボガートみたいなしゃべり方するのね。 クールでタフで」 「まさか。僕はごく普通の人間だよ。そのへんのどこにでもいる」 奥さんがコーヒーを持ってきて僕の前に置いた。僕は砂糖もクリームも入れずにそれをそっと すすった。 「ほらね、やっぱり砂糖もクリームもいれないでしょう」 「ただ単に甘いものが好きじゃないだけだよ」と僕は我慢強く説明した。「君は何か誤解してい るんじゃないかな」 「どうしてそんなに日焼けしているの?」 「二週間くらいずっと歩いて旅行してたんだよ。あちこち。リュックと寝袋を担いで。だから 日焼けしたんだ」 「どんなところ?」 「金沢から能登半島をぐるっとまわってね、新潟まで行った」 「一人で?」 「そうだよ」と僕は言った。「ところどころで道連れができるってことはあるけれどね」 「ロマンスは生まれたりするのかしら?旅先でふと女の子と知りあったりして」 「ロマンス?」と僕はびっくりして言った。「あのね、やはり君は何か思い違いをしていると思 うね。寝袋担いで髭ぼうぼうで歩きまわっている人間が一体どこでどうやってロマンスなんても のにめぐりあえるんだよ?」 「いつもそんな風に一人で旅行するの?」 「そうだね」 「孤独が好きなのね?」と彼女は頬杖をついて言った。「一人で旅行して、一人でご飯食べて、 授業の時は一人だけぽつんと離れて座っているのが好きなの?」 「孤独が好きな人間なんていないさ。無理に友だちを作らないだけだよ。そんなことしたって がっかりするだけだもの」と僕は言った。 彼女はサングラスのつるを口にくわえ、もそもそした声で「『孤独が好きな人間なんていない。 失望するのが嫌なだけだ』」と言った。「もしあなたが自叙伝書書くことになったらそのときはそ の科白使えるわよ」 34 「ありがとう」と僕は言った。 「緑色は好き?」 「どうして?」 「緑色のポロシャツをあなたが着てるからよ。だから緑色は好きなのかって訊いているの」 「とくに好きなわけじゃない。なんだっていいんだよ」 「『とくに好きなわけじゃない。なんだっていいんだよ』」と彼女はまたくりかえした。「私、あ なたのしゃべり方すごく好きよ。きれいに壁土を塗ってるみたいで。これまでにそういわれたこ とある、他の人から?」 ない、と僕は答えた。 「私ね、ミドリっていう名前なの。それなのに全然緑色が似合わないの。変でしょう。そんな のひどいと思わない?まるでのろわれた人生じゃない、これじゃ。ねえ、私の姉さん桃子ってい うのよ。おかしくない?」 「それでお姉さんはピンク似合う?」 「それがものすごくよく似合うの。ピンクを着るために生まれてきたような人ね。ふん、まっ たく不公平なんだから」 彼女のテーブルに料理が運ばれ、マドラス・チェックの上着を着た男が「おーい、ミドリ、飯 だぞお」と呼んだ。彼女はそちらに向かってというよに手をあげた。 「ねえ、ワタナベ君、あなた講義のノートをとってる?演劇史Ⅱの?」 「とってるよ」と僕は言った。 「悪いだけど貸してもらえないかしら?私二回休んじゃってるのよ。あのクラスに私、知って いる人しないし」 「もちろん、いいよ」僕は鞄からノートを出して何か余計なものが書かれていないことを確か めてから緑に渡した。 「ありがとう。ねえ、ワタナベ君、あさって学校に来る?」 「来るよ」 「じゃあ十二時にここにこない?ノート返してお昼ごちそうするから。別に一人でごはん食べ ないと消化不良おこすとか、