ノルウェーの森34

ノルウェーの森34

2019-03-09    03'59''

主播: 丹青猫

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介绍:
翌週の月曜日の「演劇史Ⅱ」の教室にも小林緑の姿は見当らなかった、僕は教室の中をざっと 見まわして彼女がいないことをたしかめてからいつもの前列の席に座り、教師が来るまで直子 への手紙を書くことにした。僕は夏休みの旅行のことを書いた。歩いた道筋や、通り過ぎた町々 や、出会った人々について書いた。そして夜になるといつも君のことを考えていた、と。君と会 えなくなって、僕は自分がどれくらい君を求めていたかということがわかるようになった。大学 は退屈きわまりないが、自己訓練のつもりできちんと出席して勉強している。君がいなくなって から、何をしてもつまらなく感じるようになってしまった。一度君に会ってゆっくりと話がした い。もしできることならその君の入っている療養所をたずねて、何時間かでも面会したいのだが それは可能だろうか?そしてできることならまた前のように二人で並んで歩いてみたい。迷惑か もしれないけれど、どんな短い手紙でもいいから返事がほしい。 それだけ書いてしまうと僕はその四枚の便箋をきれいに畳んで用意した封筒に入れ、直子の実 家の住所を書いた。 やがて憂鬱そうな顔をした小柄の教師が入ってきて出欠をとり、ハンカチで額の汗を拭いた。 彼は脚が悪くいつも金属の杖をついていた。「演劇史Ⅱ」は楽しいとは言えないまでも、一応聴く 価値のあるきちんとした講義だった。あいかわらず暑いですねと言ってから、彼はエウリビデス の戯曲におけるデウス・エクス・マキナの役割について話しはじめた。エウリビデスにおける神 が、アイスキュロスやソフォクレスのそれとどう違うかについて彼は語った。十五分ほど経った ところで教室のドアが開いて緑が入ってきた。彼女は濃いブルーのスポーツ・シャツにクリム色 の綿のズボンをはいて前と同じサングラスをかけていた。彼女は教師向かって「遅れてごめんなさい」的な微笑を浮かべてから僕のとなりに座った。そしてショルダー・バッグからノートを出 して、僕に渡した。ノートの中には「水曜日、ごめんなさい。怒ってる?」と書いたメモが入っ ていた。