私は夏に思い出なんてない、でも問題はない。
私は家族旅行に行ったことはない、でも大丈夫。
みんなは私を特別扱いにしているから。
私は花火大会に行くことはない、でも大丈夫。
窓の中の小さな光でも私はきれいだと思えるから。
私はみんなで買い物というものしたことがない、不安と期待が入り混じる。
でも大丈夫。一緒に行く人たちみんないい人だち優しい人たちだ。
だから大丈夫。いつものことなんだ。
私の人生は思い通りにはできない。
そう、私は恵まれている。友達がいて誰でもうらやむ名家に生まれ、誰もがねたむ才華に恵まれた。
誰しも幸と不幸の総計は同程度に収束するという。
だとしたら、恵まれている私はその部分を我慢するのが道理だ。
私は父に「おやすみ」と言ったことはない。
「いってらっしゃい」も「よくやった」も「愛してる」も言われた覚えもない。
でも傷ついたりしない。最初からそうなのだから。
今更何の感情も湧いたりしない。
大丈夫。こんな私も周囲の人たちは家の各人相振る舞いを求める。
外れ物を扱うように、問題がないように、
まるで気味の悪い日本人形のようだ。
だけど大丈夫。
明日は花火大会に行くものだから。
今日は、今日は花火大会行くの。
藤原さんは今日はどれだけ迷惑をかけても許してあげるわ。
旅行をキャンセルして一緒に行こうって言ってくれたから。
本当につまらない夏休みだったけれど。
初めて友達と、初めて会長と
窓の中じゃない、ずっと憧れていた大きな花火を見に行けるのだから。
それだけで、こんな夏休みもいろんなこと全部含めて好きになれると思う。
本当につまらない夏休みだったけれど。
みんなに会いたい、知らないままでいればよかった。
何も知らなければ、いつもの通りの夏がこんなに苦しいと気づかずに済んだのに、
だけど、だけど、大丈夫。
夏は必ず終わる。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
会えない時間が愛を育てる、
会長だって、今の輝夜様と同じ気持ちでしょう。
毎日会いたくて会いたくて夏休みが終わるのを指で数える日々。
そんな中、輝夜様と運命的に出会うことができれば、
いままで蓄積された欲望を一気に解放されるはずだ。
きっと会える、初めて面倒を見た後輩、
初めて友達になってくれた人、
初めてできた気になる人。
その輪の中に私がいる。
私は好きな人たちと一緒にあのきれいな花火を眺められたら
どんなに幸せだろうってどんなにすてきだろうって
そればかり考えていた夏休みだった。
神様、この夏、恋とか愛とか要りません。
だから、せめて私をみんなと一緒に。。