第3話の貴樹のパートで描かれているのは荒廃絶望、そして怒りだ。またこの2人の対比をしつこいくらい克明に描いている。あまりにその落差が大きいため残酷で恐ろしい。
明里は電車の中で本を読んでいる。そこに終の文字が出て本を読み終わる。本は貴樹と明里を結ぶ重要な鍵だ。2人は図書館で出会い、本の貸し借りをし、貴樹が思い出す明里は本を読んでいることが多い。
しかし明里は本を読み終わってしまう。そして窓の外を見ると鳥が群れをなして、地元の山に向かって飛んでいる。
第一話は、貴樹が明里の下に向かう時、鳥が夜空を飛び、明里の地元にたどりくる。そしてこの後に出てくる貴樹が見上げる空では二羽の鳥が飛んでいる。
しかし明里の見ている現実では鳥は既に宇宙に向かって飛んでいない。
貴樹が「昨日夢を見た」と言うと、明里はまたしても「ずっと昔の夢」と言う。明里にとってはすでにただの昔の思い出。その世界に貴樹は閉じ込められている。
初恋の思い出をこじらせて現実と向き合わなかった、こう考えるのはあまりに貴樹に酷な気がする。
貴樹が理紗からの電話を取らなかったのは理紗と別れたくなかったからだ。だから理紗は仕方なくメールで別れ話を切り出した。
本当の貴樹は現実にはいないので、メール以外のコミュニケーションは無意味なのだ。
唯一貴樹を助けられるのは中学生のとき4時間以上貴樹を待ち続けたあの時の明里だけが、その明里は現実には既にいない。あの雪の降る真っ暗闇の世界の電車の中に、今も1人で閉じ込められている。それは地獄。
最後でロケットを見上げて貴樹は涙を浮かべている。あのロケットは貴樹自身だからだ。
その後に駅の里を歩く貴樹の顔が信じられないほどすさんでいる。そして怒りとも憎しみともつかない目差しをし、その先に現在の幸せそうな明里がいる。
踏み切りのシーンでは、当然のことながら明里は立ち去っている。明里は貴樹をちゃんと失ったのだ。
なぜ二人はこうなったのだろう。
それは手紙が鍵になっている。明里は手紙を失わずそこに書かれている貴樹に伝えたいことを伝えることができた。伝えたい想いは思い出に変質する。
一方、貴樹は手紙を失ってしまった。口頭で伝えるチャンスを逃してしまった。貴樹は明里に伝えたいことを失って思い出にすることができなかった。
結論を言うと。
「美しい初恋の思い出を引きずるため、現実の世界をうまく生きられない男の物語」ではなく「初恋をきっかけに現実ではありえないものを体感してしまったために、現実ではないところがに1人で閉じ込められた男の物語」ではないか。
明里も、まさか貴樹がこんなことになっているとは思いもしないだろう。
それなのに貴樹がこの世界から抜け出し現実に戻る方法は一切ないのだ。
花苗の純粋な想いも、理紗の3年間の愛情も、貴樹自身の努力もほぼ無駄だった。
2つの世界は3年かかって1センチしか近づかなかった。どれほど努力しても、あの暗い止まった電車の中から脱出できず、1人で居続けなければならないと考えると、3話の貴樹の荒廃ぶり、暗い絶望も察してあまりあるものがある。
子供の頃はずっとずっと走って行ったら、この先に何があるんだろうと思ってた。
何の事は無い隣の市があるだけで「なあんだ」と思う。そういう気持ちは少しずつ無くなっていく。
自分も落ちたかもしれない。「世界の秘密があると言われる深淵」を何度も何度も覗いてしまう。
願わくばこんな怖い話を作って欲しくない。