森 婆ちゃんがまだこの家にいる?
ギンコ といっても、無論人としてではないがな。人と蟲の中間のものとしてだ。
森 どういう...こと?
ギンコ 蟲の宴という現象がある。時に蟲が人に擬態し、うたげに客を招くってもんだ。そこで人は杯を手渡される。そして注がれた酒を飲み干すと、生物としての法則を失う。つまり蟲の、あちらの世界の住人となる。
森 婆ちゃんがそれに?
ギンコ ああ、しかし宴は途中で中断されてしまった。おかげでお前の婆さんは蟲にならずに済んだが。家に戻った婆さんはもう、以前の婆さんではなくなっていた。半分をあちら側においてきてしまったんだ。森 、お前の知ってる婆さんは、半分でしかなかったんだよ。けどそのもう半分も同じように、お前が生まれた日からずっとこの家の中で見守ってたんだ。
森 そんな、全然気づかなかった!
ギンコ 彼女は完全な蟲ではないから、お前には見えんのだ。だが、お前の力を使えば、婆さんを完全な蟲にすることができる。そうすればもう決してこちら側に戻ることができないが、どうする?
婆さん 本当か?本当にそうすれば森に会うことができるのか?
ギンコ 婆さんの迷いはそう長くはなかったよ。力を貸してやれるな、森!
森 描くとこ見ちゃダメだよ。
ギンコ わかったって。じゃ、森、さっきした婆さんの話のうたげの中で、婆さんが蟲にもらった杯を、左手で描いて見てくれ。
森 えっ、でもどんな色とか形とか聞いてないよ。
ギンコ いいんだ、それで。想像で描いて見てくれ!
森 想像...
ギンコ 描けるはずだ。婆さんが受けた杯の半分は、子から孫へと体内に受け継がれていくものだから。見るなって言われたら、見んわけにはいかんだろう、やっぱり。
森 緑...のような気がする。この国の緑のような、濃くて鮮やかな...それで平たくて丸い形...
ギンコ ご名答!