《罠の中》(二) 原文
「だったらここは思いきってやったほうが得だと思うがな。そのためにこうしてわざわざ俺も出向いて来てるんだ。三人寄れば文殊の知恵っていうからな」
「だけどさ、事故と言ってもいろいろあるだろ。どういう事故をでっち上げるつもりなんだい?」
一番若い男は、最年長の意見を同意したもようだった。「交通事故かい?」
年上の男は首を振った。「交通事故はやばいな。顔見知りが直接ぶつけるわけにはいかないし、誰かに轢いてもらうってこともできない。あとは車に細工する方法だが、これは調べればわかってしまうだろうな」
「じゃあ、ガス中毒とか毒物を間違って飲んだとか」
「だめだ」
こう言ったのは色白の男だ。「昔の都市ガスなら一酸化炭素中毒になったが、今が天然ガスから中毒は起こさない。だいいち、ガス漏れ警報器がピーピー鳴り出すだろう。それから毒というのもむずかしい。そういう毒が身近に置いてあったという状況が不自然だ。警察はきっと怪しむ」
「上から何かが落ちて来るというのはどうかね?」
年上の男が色白の男に訊いた。どうやら、事故死を偽装することに色白の男も賛成したとみなしたのだ。「たとえばシャンデリアとかだ。でかいのが一つぶら下がっているだろう。あれなんか頭に受けたらイチコロじゃないか」
だが、色白の男はゆっくりとかぶりを振った。「たしかに、頭に受けたらイチコロだろうけど、どうやって命中させる?何か細工する必要のあることはだめだ」
「ちぇっ、じゃあ何もかもだじゃないか」
若い男は苛立ったように髪をくしゃくしゃと掻いた。そしてちょっと伸びかけた無精髭をこする。「敵さんはほとんど家を出ないから、どこかから落ちるってこともないだろうしさあ……。もちろん溺れ死ぬってこともないよな」
年長の男の眉がぴくりと動いた。
「溺死か……」
「悪くない」
色白の男も小さく頷いた。「溺死するのは、何も海や川だけじゃない。洗面器一杯の水でも溺れる」
「風呂だ」
と年長の男は言った。「風呂で眠ってしまって、溺れ死ぬってのはどうだ?前に一度新聞で読んだことがあるぞ。ちょっと情けない死に方だけどな」