《交涉人》第一章事件(二) 原文
のろのろとした動作で女がラックから離れた。手に読みかけのファッション誌と、ミニサイズの栄養ドリンクを二本持っている。酔っ払っているのだろうか。尚也は眉をひそめた。酒を飲む女は大嫌いだ。
女が不機嫌な顔でレジの前に立った。温めますか、と言ってやろうかと思ったが、面倒になって止めた。女の顔は冗談を受けつけるようには見えなかった。
「千百九十三円になります」
何も言わずに女が一万円札を突き出した。受け取って釣銭を数える。八千八百七円のお釣りとレシートを一緒に差し出すと、女は手に触れるのを避けるように指だけで受け取った。
(すかしてんじゃねえよ、ブス)
顔だけはにこやかに、ありがとうございますと声を張りながら、尚也は胸のうちで毒づいた。女が出口に向かう。ロングブーツに隠された足が意外に太かった。
すれ違うようにして、三人の男が入ってきた。三人とも、フルフェイスのヘルメットをかぶっている。
「お客さん」
メットは脱いでもらえますか、と呼びかけようとした時、嫌な予感がした。だが、どうすることも出来ない。尚也は男たちを目で追った。
それぞれが大股に歩き出す。意識しているのかどうか、歩き方が似ていた。先頭に立っていた百八十センチを超えようかという長身の男が革ジャン、手首のところに小さな赤い竜のタトゥーを入れている男は迷彩色のロングコート、そしてもう一人のやや小さい男が青のダウンジャケットという違いはあったが、下はジーンズにスニーカーと、揃えたように同じだった。
「いらっしゃいませ」
震える声で呼びかけたが反応はない。それぞれカゴを持って、中にスナック菓子をほうり込み始めている。ぐるぐると棚の間を移動しながら、男たちは無作為に商品を選んでいるように見えた。