《交涉人》第一章事件(三) 原文
尚也はビデオカメラの位置を確認してから、非常ベルの在りかを手で確かめた。ヘルメットを脱がないというだけで、その反応は過敏すぎるかもしれないが、他に根拠がなかったわけではない。男たちは店内に入ってから、一言も口を利いていなかったのだ。
三人の男たちがそれぞれにうなずいて、レジの前に集まった。革ジャンの男が三つのカゴをまとめて台に載せる。
尚也は頭をひとつ下げて、POSリーダーでバーコードを読み始めた。ポテトチップ、ガム、コンビーフの缶詰、チョコレート、菓子パン、サンドイッチ、おにぎり、アイスクリーム、ハム、タオル、割り箸、紙皿、キムチの漬物、ペットボトルの水が三本。
(そうだよなあ)
尚也は思った。単なる早とちりだったのかもしれない。カゴの中身はそれなりにまとまっている。今から三人の男の誰かの家で、夜通し酒でも飲むのだとしたら、おかしな買い物ではない。
(俺も気が弱いよな)
頬に笑みが浮かぶ。メットぐらいでびびっていたなんて。尚也はレジを打ち終えて、数字を声に出した。
「三千八百四十七円になります」
革ジャンがうなずいて、内ポケットからナイフを取り出した。ナイフ?
「金」
メットの奥でくぐもった声がした。案外、か細い声だった。
「はい?」
思わず聞き返した。ナイフがまっすぐ尚也に向けられている。
「金」
男が繰り返した。やっぱりそうなのか。そういうことなのか。こいつらは強盗で、この店を狙って、俺にナイフを突き付けて、もし言う通りにしなかったら俺に刺すということなのか。まさか、本当にこんなことが起きるなんて。
そこまで考えるのに一秒とかからなかった。一瞬辺りを見回したが、店内には誰もいなかった。誰も助けてはくれない。叫んだところで来てくれる人はいない。
「ええと、金、ですか」